昨日は本当にびっくりした。
本名を書いてることのないこのブログに昔の友人がたどり着いたから。
懐かしさで胸がいっぱいになって色んなことが走馬灯のように思い出された。
高校を卒業した私は東京蒲田の日本電子工学院に入学した。
自炊も出来るわけもない私は当然のように寮に入れられた。
もっとも古そうな蒲田寮である。6畳もない部屋に4人詰め込まれた。
それは当時としても結構きびしい状況だったと思う。
1年もしないうちに半分は寮から出て一人住まいした。羨ましかった。
でも私は出る気はしなかった。不安いっぱいで入った寮の仲間とはすぐに仲良くなって
どこに遊びに行くのも寮の仲間と一緒だったように思う。
寮にも風呂があったけどみんなで銭湯に行くのが楽しかった。
ほとんど喧嘩もした記憶がない。いや、そんなことないよね。あはは。
飲めない酒を覚えたのもこの時代だ。毎日どこかの部屋で酒盛りしていたような気がする。
親が送ってくれたハムなどは食い意地の張った連中にアッと言う間に食われたりした。
パチンコの景品でもらったオロナミンCなんかいつの間にか飲まれていた。
隠していたエロ本も必ずなくなっていた。
飲みすぎて3階の窓から吐いたりトイレの洗面器を使えなくして先輩に怒られたりした。
みんな田舎から出てきて初めて出会ったのが寮の仲間だった。
妙に連帯感があったように思う。
女人禁制の寮でしたが、たまに女子を連れ込む悪い奴がいて女の声がしただけで
寮の扉が全部開いて「おお!女だ〜〜〜」って感じでした。
夜鳴き蕎麦を作るのが寮長の若い娘だったり資生堂の美容部員が販売に来たときは
みんな浮き足立っていたもんだ。
女にフラれて寮になかなか帰らなかった私を誰よりも心配してくれたのが中Gだったような気がする。
あの2年間は青春ドラマのような毎日だった。
今でも時々あの頃を思い出すことがあるがすっかり音信不通。
そんな時にブログに書き込みがあったんだ。懐かしさで胸がいっぱい。長文許してね。
しばらくは寮の2年間の話になるかも?
寮では2年目から改善されて2人部屋になった。
仲の良い奴と同じ部屋になった。
ギターが弾けないやつだったけど当時流行ったこの曲のイントロだけは弾けた。
「
ニュー・ヨーロピアンズ」ウルトラボックス。当時サントリーの角のCMソングだった。
ハイコードでAmだけなんだけど超かっこいいんだ。
明日10日はRBJライブです。
21時オープン。
お待ちしております。